ゼロトラストセキュリティモデル:DX時代の新しい境界防御の考え方

ゼロトラストセキュリティモデルによるDX時代の新しい境界防御の考え方を解説。「決して信頼せず、常に検証する」原則、実装ステップ、従来型セキュリティとの違いを紹介。

「社内ネットワークは安全、社外は危険」という前提に基づいた従来のセキュリティモデルは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の時代に急速にその有効性を失いつつあります。

リモートワークの普及、クラウドサービスの拡大、IoTデバイスの増加、そしてサプライチェーンの複雑化により、従来の境界防御の概念は根本的に見直しを迫られています。

この変化に対応するために登場したのが「ゼロトラストセキュリティモデル」です。本記事では、ゼロトラストの基本概念、従来型セキュリティとの違い、実装のための具体的なステップ、そして導入におけるチャレンジと対策について解説します。

ゼロトラストとは何か

ゼロトラストセキュリティモデルは、「決して信頼せず、常に検証する」(Never trust, always verify)という原則に基づいています。このモデルでは、ネットワークの内側か外側かを問わず、すべてのリクエストは信頼できないものとして扱われ、アクセスが許可される前に検証される必要があります。

ジョン・キンダーヴァグによって2010年に提唱されたこの概念は、現在ではGoogleの「BeyondCorp」やMicrosoftの「Zero Trust Network」など、多くの先進的な企業によって採用されています。

ゼロトラストの核心的な考え方

  1. デフォルトでは信頼しない:場所やネットワークに関係なく、すべてのリソースアクセスを信頼しません
  2. 最小権限の原則:ユーザーには必要最小限のアクセス権限のみを付与します
  3. 常に検証:すべてのリクエストに対して継続的に認証と認可を実施します
  4. すべてのトラフィックを検査・ログ記録:ネットワークトラフィックを常に監視し、異常を検出します
  5. コンテキストベースのアクセス制御:ユーザー、デバイス、場所、時間などの複数の要素に基づいてアクセスを制御します

従来のセキュリティモデルとゼロトラストの違い

従来の「城壁と堀」(Castle-and-Moat)アプローチとゼロトラストモデルの主な違いを理解することは、DX時代におけるセキュリティ戦略を考える上で重要です。

従来のセキュリティモデル

従来のセキュリティモデルでは以下のような特徴があります:

  • 境界重視:外部との境界に防御を集中(ファイアウォール、IPS/IDSなど)
  • 内部信頼:いったん内部ネットワークに入れば、比較的自由なアクセスを許可
  • 静的な防御:固定的なルールに基づいた防御
  • ネットワーク中心:ネットワークレベルでのセキュリティに焦点
  • 固定オフィス前提:企業オフィス内での作業を前提とした設計

ゼロトラストモデル

対照的に、ゼロトラストモデルでは:

  • 境界の消失:明確なネットワーク境界が存在しないと仮定
  • 常に検証:内部・外部を問わず、すべてのアクセスを常に検証
  • 動的な評価:リスクとコンテキストに基づく動的なアクセス制御
  • ID中心:ユーザーとデバイスのIDを中心としたセキュリティ
  • 場所非依存:場所に関係なく一貫したセキュリティを提供

以下の表はこれらの違いを明確に示しています:

特性従来型(境界型)ゼロトラスト
信頼の範囲内部ネットワークは信頼すべて信頼しない
アクセス制御主にネットワークレベルID、デバイス、コンテキストベース
認証シングルファクター(パスワード中心)マルチファクター認証(MFA)
モニタリング主に境界でのモニタリングすべてのトラフィックをモニタリング
セグメンテーション大きなネットワークセグメントマイクロセグメンテーション
適応性静的なルール動的なポリシーとリスク評価
クラウド対応限定的クラウドネイティブ

DX時代にゼロトラストが重要である理由

デジタルトランスフォーメーションは企業のIT環境を根本的に変化させています。以下のトレンドがゼロトラストアプローチの必要性を高めています:

1. ワークスタイルの変化

  • リモートワークの普及:従業員が会社のオフィス外で働くことが当たり前になっています
  • BYOD(個人デバイス持ち込み):企業が管理していないデバイスからのアクセスが増加しています
  • 場所に依存しない協業:グローバルチームが様々な場所から協力して働いています

2. ITインフラの進化

  • クラウド移行:オンプレミスからIaaS、PaaS、SaaSへの移行が進んでいます
  • ハイブリッド/マルチクラウド環境:複数のクラウドプロバイダーやオンプレミスを組み合わせた環境が増えています
  • マイクロサービスアーキテクチャ:モノリシックなアプリケーションからAPIを介して連携する小さなサービスへの移行が進んでいます

3. 脅威の進化

  • 高度なサイバー攻撃:標的型攻撃やサプライチェーン攻撃の増加
  • 内部脅威の重要性:不注意や悪意ある内部関係者からの脅威
  • ランサムウェアの進化:より巧妙で破壊的なランサムウェア攻撃

これらの変化により、従来の境界型セキュリティモデルは機能不全に陥りつつあります。明確な「内側」と「外側」の区別が難しくなり、一度境界を突破されると内部ネットワーク全体が危険にさらされるリスクが高まっています。

ゼロトラストの基本原則と構成要素

ゼロトラストセキュリティを実装するには、いくつかの重要な原則と技術的構成要素を理解する必要があります。

基本原則

  1. 最小特権の原則

    • ユーザーやシステムには必要な最小限のアクセス権限のみを付与
    • 「知る必要がある」情報だけにアクセスを許可
    • 特権アクセスの厳格な管理と監視
  2. マイクロセグメンテーション

    • ネットワークを細かいセグメントに分割
    • アプリケーション、ワークロード、環境ごとのセグメント化
    • セグメント間の通信制限とモニタリング
  3. 継続的な監視と検証

    • リアルタイムでの活動監視とアラート
    • 異常検知と振る舞い分析
    • ログの集中管理と相関分析
  4. 強力な認証と認可

    • 多要素認証(MFA)の義務付け
    • コンテキストアウェアな認証(場所、時間、デバイス状態など)
    • Just-In-Time(JIT)およびJust-Enough-Access(JEA)アクセス
  5. デバイスの信頼性検証

    • エンドポイントの健全性と準拠性チェック
    • パッチ状況、ウイルス対策、暗号化の検証
    • デバイスのセキュリティ姿勢評価

技術的構成要素

ゼロトラストセキュリティを実現するための主要な技術的構成要素は以下の通りです:

  1. ID・アクセス管理(IAM)

    • 集中型のID管理とライフサイクル制御
    • シングルサインオン(SSO)
    • 権限管理と承認ワークフロー
    例:AzureADのCondition Access Policiesの設定
    
    {
      "conditions": {
        "userRisk": "high",
        "signInRisk": "medium",
        "devicePlatforms": ["windows", "macOS"],
        "locations": ["allowedLocations"]
      },
      "grantControls": {
        "requireMFA": true,
        "requireCompliantDevice": true
      }
    }
  2. ネットワークセキュリティ

    • ソフトウェア定義ペリメーター(SDP)
    • セキュアアクセスサービスエッジ(SASE)
    • マイクロセグメンテーションとマイクロペリメーター
  3. データセキュリティ

    • データ分類と保護
    • 暗号化(保存時および転送時)
    • データ損失防止(DLP)
  4. セキュリティ監視と分析

    • セキュリティ情報イベント管理(SIEM)
    • ユーザー・エンティティ行動分析(UEBA)
    • 脅威インテリジェンス統合
  5. エンドポイントセキュリティ

    • エンドポイント検出・対応(EDR)
    • モバイルデバイス管理(MDM)
    • アプリケーション分離と仮想化

アーキテクチャフレームワーク

ゼロトラストアーキテクチャの実装には、米国国立標準技術研究所(NIST)が発行した特別刊行物800-207で説明されているフレームワークが参考になります。このフレームワークは以下の論理コンポーネントで構成されています:

  • ポリシーエンジン(PE): アクセス要求に対する決定を行う
  • ポリシー管理者(PA): ポリシーの作成と管理
  • ポリシーエンフォースメントポイント(PEP): ポリシーの実施
  • 継続的診断・緩和システム(CDM): システムの状態監視
  • 脅威インテリジェンスフィード: 既知の脅威に関する情報

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